どれぐらい沈黙が続いただろう。落ち込むだけ落ち込んでいた私はふと何も言わない藤木が気になって顔を上げた。藤木は微動だにせずじっと外の景色を眺めている。その藤木をみて、私ははっとした。いつもの無表情な顔と違う、ネオンをうつして光るその瞳には不思議な清涼感があった。何処かに想いを寄せるようなその瞳はひどく柔らかく、私は滅多に見る事のない藤木の表情に見取れてしまった。
藤木はすぐに私の視線に気付いたのか、私の方に目をやり少しばつが悪そうにはにかんだ。

「この街は、いつも明るい」

そう独白のように呟く藤木に私も「そうだな」と独白のように相槌を打つと窓の外に目をやった。外は光の洪水に飲み込まれている。イルミネーションに包まれた街はまるで宝石箱のようだった。

「それも悪くないなって今初めて思ったよ」

私の言葉に藤木も「そうですね」と独白のように相槌を打った。私の中で、先ほどまでの不快感が不思議なくらい消えていた。今まで何度となく見てきた同じ景色を綺麗だと想って見たのは初めてような気がした。たとえ虚構のものだとしても悪くないなと自然に思える。



「社長はこれからどうされますか?」
機嫌を戻した私に安心したように、藤木が問うてきた。

「バーはもう締まっているでしょうし、お休みになられますか?事態が収拾されるまでどれくらいかかるか分かりませんし、休める時に休まれた方が。風呂に入られるなら今すぐ湯をはりますが」
「藤木はどうする?」
「私は叶さんから連絡があるかもしれませんし、もう少し起きています」
「それなら俺も起きとく。当然だろう」

私の言葉に、藤木は咎めるように困った顔をした。しかし私は藤木の言葉に耳を貸す気はなかった。これ以上、蚊帳の外にいるのはたくさんだ。
私の意志が変わらないことを悟ったのか、藤木は軽く溜息をつくと、「とりあえず風呂に入られますか」と言いながら立ち上がった。その瞬間腕を掴んでひくと、意表をつかれたのか藤木はそのまま倒れこんできた。

「社長」

私の腕に抱き留められ、藤木は先ほどより咎める口調で私を見た。いつも涼やかな黒い瞳が私をい抜く。

「今日が何の日か知ってるだろう」
私は笑い返しながら言った。

「予想外にこんな場所に来てしまったが、それも何かの縁ってやつさ。むしろ好都合だと思った方がいい。せっかくの夜を楽しもうじゃないか」

私の言葉に藤木は心底呆れた顔をした。私はそれに気付かない振りをしてそのまま藤木に口づけた。今日はあの馬鹿な男に始まり、周りに振り回されるだけの散々な一日だったのだ。せめて最後くらい、自分のペースで楽しみたかった。
最初は拒絶していた藤木の唇も途中から諦めたように私を受け入れた。それに気を良くした私はさらに奥まで求めた。上顎を歯列に沿って舐め上げると腕の中の藤木が微かに身じろぐのが分かった。口腔を思う様に蹂躙し、藤木を自分のペースへと巻き込んでいく。長い口づけの後藤木を覗きこむと、既に情欲に潤んだ瞳に睨み付けられ、私は微笑んだ。

「しかたのない人だ」
「知ってる」

呆れたように言う藤木に私は再度微笑み返すと、もう一度微かに開かれた唇に口づけた。



 広いシーツの海の中、私達は一糸纏わぬ姿になり、求め合っていた。惜し気もなく晒された藤木の躯には銃痕を含め、無数の疵が刻まれている。明らかに堅気の躯ではないそれをゆっくりと愛撫しながら、自分も人のことを言える躯ではないなと思い、私は喉の奥で笑った。
私の躯にもいくつも疵が残っている。過去の数だけその数を増やしてきた疵だった。これから先も増えていくであろうそれを、卑下する気持ちもましてや誇る気持ちもない。ただ、藤木の裸体に散らばるそれは、この男が生き抜いてきた証のように思えて愛しかった。

入念に疵を舌で愛撫していく私の行為に、焦れたように藤木が身を捩った。静かな部屋の中で藤木の微かに上気した息遣いがいやに大きく聞こえる。胸元に舌を這わせながら上目に藤木の顔を窺うと、情欲に潤んだ瞳が私を見つめ返してきた。藤木の口腔にはすでに私の指が二本含まれており、それに己の唾液を含ませている藤木の姿はひどく扇情的だった。

普段は常人以上にストイックなくせに、しかし一度箍が外れると驚くほど大胆になり、私を翻弄する。特に獣のような攻撃性を持つこの男は、それを抑圧しなければならない時はそれを情欲に置き換えるらしく、そのような時にはまさに箍が外れると言って良かった。そして今日が、まさにそうらしかった。

私を狙う殺し屋達。そしてそれに気付くことができず、気付いても結局全てを他人に委ねるしかない。この状況下において、この男の中の獣が収まりついているはずがなかった。一見すると沈着冷静で冷酷無悲なこの男が、実は人以上に熱しやすい激情家の面を持ち合わせていることを私はよく知っていた。

貪欲な舌が生暖かい口腔内で私の指を這う感触に、私の中の熱もどんどんと煽られていく。既に完全に熱を持ち、そそり立った私自身と藤木のとを擦り合わせると、藤木の躯がびくりと反応した。先走りに濡れたそれはひどく生々しい卑猥な音を立てた。

「藤木……もういいか」

熱く火照った躯を愛撫しながら藤木に問うと、肯定するかのように口が開かれた。私は舌から出来る限り唾液を拾うと、卑猥に濡れたその指を藤木の後蕾に宛った。
女と違い異物を受け入れる構造になっていないそこは、手荒に扱うとすぐ傷ついてしまう。私は丁寧に周りを解すと、薄く繰り返されている藤木の呼吸に合わせ、指を中へと挿入した。
内部はひどく熱かった。藤木はいつもはシーツに縫い付けているはずの手を私の背に回し、顔を首元に埋めている。異物感からか強張っている背を優しく撫でながら、私は内部をゆっくりと掻き交ぜた。内側に潜む快楽の源泉を探ると、いつもの箇所で藤木の躯がびくりと跳ねるのが分かった。

「ここがいいのか?」

私が耳を甘噛みしながら囁くと、再度藤木の躯がびくりと反応した。

「は…ぁっ……あ……っ」

藤木の口から切羽詰まった声がもれる。この男が声を喘がせることなどめったにない。いつも、声を上げることが罪であるかのように最後まで堪えようとしてしまう。私は滅多に聞けないその掠れた声に熱くなり、勢いづいた自分を抑え切れず指を引き抜くと、己の欲望を私の愛撫で溶け緩んだ中へと挿入した。
まだそれほど解してなかったにも関わらず、私の形に慣れた藤木のその部分は隙間なく私自身を包み込む。痺れるような快感が背後から沸き上がり全身が泡立った。それは藤木も同じなのか、いつもはストイックな表情が快感で歪んでいるのが見て取れた。絶対に自分の前以外で見せることのないその表情は何度見ても見飽きることがない。寄せられた眉の下、微かに震える睫が意外に長いことに気付いたのはいつだったか。

 耳を軽く甘噛みし、「動くぞ」と耳元で囁けば、それだけで藤木の躯が揺れる。耳が感じやすいことも、随分前に知ったことだ。
 動きに合わせて藤木の躯が揺れる。今夜は止めることを完全に放棄しているらしい、絶え間なく続く嬌声が私の欲望を高めていく。下唇にそっと舌を這わせると、藤木の舌が待ちわびたように私の舌を口腔へと招き入れた。絡め取られるように口付けを交わしながら、私はいつにない藤木の積極性に微かに苦笑した。うまく事を運ばないと、情事まで藤木のペースで進められそうだ。

「…何……を………笑ってるんですか?」

 私の笑みに気付いたのか、藤木が唇を離し怪訝そうに言った。私を見上げるその顔はあまりに扇情的で、自身に更に熱が篭るのが分かった。

「今夜はいやに積極的だと思ってな。俺の方が食われそうだ」
 そう言ってにやりと笑うと、藤木が一瞬絶句した。すぐに何かを反論しようとした唇を再度唇で塞ぎ、言葉を封じる。そのまま突き上げると喉の奥でくぐもった喘ぎ声が聞こえた。それに煽られた私は、貪るように藤木の躯に没頭していった。