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「川中さん。いいかげん了承していただけないですかね」
ソファに深く身を預けた男は慇懃無礼にそう言い、私は相手のその態度に、気付かれぬよう内心で深い溜め息をついた。
眼前の男はダークグレーのスーツがそれなりに様になっている。興味もないので詳しくは知らないが、裏社会でそれなりに名が通っている輩らしいからそれくらいは当然だろう。ただ、お約束のように後ろに控えさせた、体格の良い不遜な態度のボディーガード三人の存在が、男の小者ぶりを表しているとしか言いようがなかった。その存在が男の態度を大きくさせる一因になっていることは疑いようもない。


ここ数日、しつこい程に事務所に面会を求める連絡があり、根負けした形で私の店の一つに場をセッティングした。話の内容は想像通り、土地に関する利権がらみのくだらないものだった。発展途上であるN市の土地を巡ってはいつもごたごたが絶えない。私の所有する土地を狙う輩も後を絶たないのが現状だった。
土地売買による利点を熱弁する男にまるで興味が湧かなかった私は、男に気付かれないように再度小さく溜息をつき、私の後ろに立つ藤木にちらりと視線を移した。

無表情で私の傍に控えているその躯は、眼前の輩達とは比べものにならない程小柄だ。あまりにある体格差、それに一人であることも踏まえ、何某のボディーガード達が藤木の存在を眼中に入れていないことは、その表情から明らかだった。相手の度量を測ることもできない。小者の部下は小者以上で在りえないのだと私は妙に納得した。
藤木がその気になれば、指一本動かすことなく男達を退けることも可能だということを私は知っていた。器が違い過ぎるとしか言いようがない。恐らく潜ってきた修羅場が違い過ぎる。ひどく冷静な瞳をした藤木は、己の力を過信することもなく、的確にこの場の状況を把握しているに違いなかった。

藤木は常に私の身を守ろうとする。私の手が汚れないように、藤木はいつも全てを一人で背負い込み、片付けようとするのだ。そんなことを望んで私は藤木に傍に居てくれるよう頼んだわけではない。出来ることならばその手を汚させたくないというのは、私も藤木に対して思うことだった。ただ、それでも藤木は私を守ろうとするから、どんなに止めても守ろうとするから、私はそれを甘受するしかなかった。誰よりも私の傍に居て、誰よりも私から遠い。藤木は私にとってそんな存在だった。


「おい、聞いてるのか?!」
 己に関心をまったく向けていない私にさすがに気付いたのか、苛立ったように何某が声を荒げた。仕方なく私は男に目線を戻した。言葉遣いにすでに粗暴さが出ているのが分かる。

「聞いていますよ」
 適当に返した私の言葉に、男の表情が強張るのが見て取れた。我ながら子供の反応だとは思うが、これ以上相手をしてやろうという忍耐力はもはやなかった。

「それならそろそろ返事をいただけませんかね。そちらにとっても充分好条件だと思うが」
「興味ありませんね」

 即答すると、一瞬唖然とした表情を見せた後、男は唸るように「ふざけるな」と声を荒げ、私を睨みつけた。それに合わせ、後ろに控えていた輩達も私を取り囲むようにして一歩前に出てきた。

「何が不満だと言うんだ。川中さん、あんたには少しも不都合ないようにこれだけの条件を提示しているんだ。これで頷いて貰えないと、こちらとしても考えさせてもらわなきゃいけない」

 年は私より少し若いくらいか。ここまでその血の気の多さで上り詰めてきたのだろう。思い通りにならないことは全て暴力で解決してきたという自負が明確に窺い知れた。それはひどく、私の勘に触った。
取り囲んでいる輩達が私との距離をまた少し縮めた。藤木はまったく動く気配を見せない。

「勝手に考えればいいさ。私は既に興味ないと返答したはずだ」
「おい、馬鹿にしてんのか!?」

 私の冷めた口調に、立っていた男の一人が私の襟元を掴もうと手を伸ばした。次の瞬間、派手な音と共にその男は床に這い蹲っていた。当人も、そして何某を含めた他の男達も、何が起きたのか分からないような表情で呆気にとられている。その中で藤木だけがいつの間にか私の真横に立ち、床に這い蹲った男をひどく冷たい、鋭い目付きで見下ろしていた。

「川中さん、あんたどういうつもりかね?こんな・・・」
 我に返った何某は、怒りで顔を歪ませて声を荒げた。私は立ち上がり、冷めた目でそれを見下ろした。

「交渉は決裂ということです。私と取引したいならもう少し部下に礼儀を教えておいて欲しいもんですな。こちらはヤクザじゃないんでね」

そのまま私は踵を返し、店の出口へ向かった。後ろから私を罵る声が聞こえたが、いまさら振り返る気はまったくなかった。店の開店時間までにはまだしばらくある。それまでには店の者が何とかするに違いない。私の後ろには何事もなかったように藤木が付き従っていた。





「くだらないことに付き合わせて悪かったな、藤木。もう戻っていいぞ」
店を出ると、私は藤木に振り返った。

暖かかった店内に較べ、外はひどく寒かった。しかし藤木はスーツの上から薄いハーフコートを羽織っただけの姿で、少しも寒そうな様子はなかった。夏も冬も、気温による表情の変化はまったくないと言っても過言ではなかった。

「社長はこれからどうされますか?」
「俺は事務所に帰って事務仕事を片付けるさ。くだらん用で時間を潰してしまったからな」
「では事務所まで送ります」

私達は連れ立って駐車場に向かった。年の瀬が近く、瑣末な仕事が溜まっている。今回の面会は私にとって時間が無駄に潰れるだけの不快なものでしかなかった。ただこれ以上煩わされるのが面倒だったから会っただけのことだ。

「社長」
車に乗り込んだ後、呼ばれて目をやると、藤木は微かに笑みを浮かべ、私を見ていた。

「よろしければ今夜、一緒に飲みに行きませんか」
藤木から誘いがあるのは本当に珍しいことだった。大概誘うのは私の方だ。どういう風の吹き回しだと思いながらも、私は喜んで了承した。