Cage






誰か言って
上手く信じさせて
「全ては狂っているんだから」と
1人にしないで
神様 貴方がいるなら
私を遠くへ逃がして
下さい





「中佐は私のことが好きなんだよ」


あの馬鹿大佐はよくそう言う。
俺とやってる最中でも言うことがあるから正直かなりむかつく。
首でも絞めてやろうかと思うけど、かえって喜びそうだからやってやらない。

あんまりにもむかついたから、一度「あんたが中佐のこと好きなんだろ」って言ってやったことがある。
中佐があんたのことを好きなんじゃない、あんたが中佐のことを好きなんだ。

そしたらぽかんとした顔をした後、不思議そうに俺に言った。

「何を言ってるんだ、鋼の。私が好きなのは鋼のだろう」

俺はとりあえず丁寧に「死ね」という挨拶を残してその場は退場した。
大佐の顔をそれ以上見たくなかったからだ。
たぶん、大佐は本気のつもりで言ってるんだって分かったから。
実際に自分がどんな顔でそれを言っているかなんて気付いてもいないんだろう。
自分の本音を突きつけられて傷付いたような顔をして、心にもないことを本音と取り違えて。
己の気持ちにさえ気付けない、無意識に気付いてない振りをする彼が哀れだと思って泣けてきた。
そんな男をやっぱり好きな己が哀れで泣けてきた。


あんまりにも泣けてきたから、一度「中佐は大佐のこと好きなの?」って中佐に聞いてみたことがある。
そしたら中佐は一瞬驚いたような顔をした後、とても優しい顔で俺に言った。

「まぁ、俺みたいのがついててやらないと、前ばっか見すぎてすっころぶ奴だからなぁ」

手のかかるやつだよと笑うその顔には友を想う真っ直ぐな優しさがあって。
俺はやっぱり泣けてきた。


大佐、中佐もあんたのこと好きなんだよ。
でもあんたの好きと、中佐の好きは全然違う、違うんだ。



ヒューズ中佐はすごくお人好しだと思う。
ついでにすごくお節介だ。
お節介と言うと聞こえは悪いけど、まぁ結局はお人好しってことになるんだろう。


すぐ人に構う。
堕ちていく人間を見過ごせなくて、なんとかして拾い上げようとする。
時には叱ったり、時には励ましたり、時には寄り添ったり、とにかく色んな方法で浮上させようとする。
あの人がどんな人生を歩んできたのか知らない。
知りたいとも思わない。
でも、人が良いってことは分かる。
じゃなきゃあんなに、あの馬鹿大佐に構ったりしない。
普通の奴に、あの馬鹿の相手は出来ない。
普通の奴には、あの馬鹿の想いを抱えることも、まして気付かないでいられるなんてことはできない。


そう考えると、中佐はものすごい鈍感なんだろうか。
ものすごく用意周到な感じがするけど、案外抜けてるんだろうか。


いや、たぶん違う。
大佐は中佐にだけは気付かせないんだ。
自分の気持ちに絶対に。
そう思うと、やっぱり泣けてきた。


でも、俺は中佐も好きだ。
ある意味一方的な恋敵になるはずなんだろうけど。
向こうはまったく気付いてないんだから話にならない。


馬鹿大佐に対するのとはもっと違う、心がざわざわしたりしないで安心できる感じ。
兄貴が居たらこんな感じかなって思う。
親馬鹿でお節介なお人好し。
好きだなって思う。


大佐も俺みたいな気持ちで中佐のことが好きだったら苦しむ必要もなかったのに。
やっぱり、馬鹿だ。
そんな馬鹿を好きな俺も、大概馬鹿だ。




久しぶりに中央に行くことになって、俺は中佐に会いに行くことにした。
いっぱい世話になったから。
それに、前に中央に居た時からの短い間に、あまりに色んなことがあったから。
また、あのお節介なお人好しの笑顔を見たくなったんだ。
結局俺も、中佐に甘えてるのかもしれない。


中央に着くと、何故か居たのは中佐ではなく出来れば会いたくなかった大佐だった。
最後に会ったのはいつだったかとか、最後にやったのはいつだったかとか、そういえば最後に何て言ってどんな顔で別れたんだとか色んなことが頭を廻った。
今回は電話連絡の一つもしてない。
色んなことがありすぎて頭もぐるぐるしてたから、手のかかる勘違い男とは会いたくなかった。


ウィンリー相手にべらべらと外面良く話してた大佐は中佐の様子を聞いた途端、顔色を変えて視線を逸らした。


「田舎に引っ込んだよ」

いつも人の顔を覗き込んでにやにやしているくせに、何故か視線を外したまま。

―――近頃は中央も物騒なんでな 婦人と子供を連れて田舎に帰った 家業を継ぐそうだ もう 中央にはいない


俺は当てが外れたのと大佐を見たのとで拍子抜けしたような気持ちになった。
あの人の良い笑顔に会いに来たのに。
なんであんな顔の馬鹿大佐に会わなきゃいけないんだ。
中佐がいないことがそんなにショックなのかよ。
そりゃそうだろうな、せっかく中央に配属されたのに中佐がいないなんて。


でも、と俺は思う。


「中央に来ることがあったら声かけろよ」

俺達が中央を離れる度にそう言って見送ってくれた笑顔は、軍人を辞める風には見えなかった。
あの馬鹿大佐のことを「手にかかる」と笑っていた人が、あの馬鹿をほっぽり出して出て行くとは思えなかった。
そりゃないだろと思う。
それじゃあ、悔しいけどやっぱりあの馬鹿が可哀想だ。


やっぱり、奥さんや子供が居ると違うんだろうか。
守るものがあるっていうのは、人を変えるんだろうか。


最後に会った時の笑顔を思い出す。
なんかいっつも笑ってる人だった。
親馬鹿でお節介なお人好し。
いつかウィンリーを連れて田舎まで会いに行っても良いかもしれない。
「あの馬鹿どうする気だよ」って文句の一つでも言ってやろうか。




そう思っていた。




賢者の石、ウロボロス、人造人間グリード、人体錬成――――――

そんな言葉をぐるぐる回しながら俺は大佐のことを考えていた。
可哀想な大佐、哀れな大佐。
あれだけ「中佐は私のことが好きなんだよ」って言ってたのに。
もう中佐はいない。
田舎に帰ってしまった。
大佐はこれから俺にどう言うつもりなんだろう。
俺は大佐に、何て言うんだろう。


やっぱりあんたが中佐を好きだったんだとか?
俺のことが好きなら中佐がいなくてもいいだろうとか?
中佐がいなくなって寂しいなとか?


そんな事を考えていた時、アルが信じられないようなニュースを持ってきた。


マリア・ロス少尉ヲ先月ノマース・ヒューズ准将殺害事件ノ犯人ト断定―――――


体中の血が、逆流したような気がした。

准将?中佐じゃないのか?
殺害?先月?
どういうことだ?
大佐は、何て言った?



――――――モウ中央ニハイナイ



中央に居ないのなら何処にいった?
田舎に帰った、そう言っただろう?


大佐の様子を思い出す。
いつもと違ってた。
いっつも人の顔を覗きこんでにやにや笑って。
本音も全て隠し通して、やってる最中も上目遣いに俺を見て笑ってるあの目が、俺を見なかった。
なんで?
中佐がいなくなったから?
田舎に帰ったから?


既に――――死んでしまっていたから?


俺はアルと一緒に部屋を飛び出した。


頭が混乱した。
吐き気がした。

マリア・ロス少尉も俺は知っている。
あの人も人の良い人で。
中佐が兄貴なら少尉は姉貴みたいで。
お節介なお人好し。

あの人が中佐を殺した?
殺す理由なんてない。
中佐が死んだ?
殺された?
少尉が殺した?
殺すはずがない。
なら死んでない?
死んだ?
誰が、殺した?
誰が誰を殺し、誰が誰に殺された――――――――?



混乱しながら闇雲に走っていると少尉と出くわして、俺は本当に驚いてしまった。

なんであんたが此処に居る?
横にいる鎧は誰だ?
なんでリンまで居る?
少尉、あんたが殺したのか?
殺してないのか?
なんで俺達を見て逃げる?
殺したのか?
誰を?
中佐を?
後で説明するって何を?
何が、何が起こっている?



少尉が走っていった方で爆音が聞こえた。
俺は我武者羅に走った。




そこには、大佐が居た。


なんで、なんであんたが此処に居るんだ?
そこに―――――転がっているものは何だ?

「やあ、鋼の」

俺の目を真っ直ぐ見つめるその目はひどく暗くて冷たくて。
驚くほど冷静で。

俺の知ってる馬鹿大佐じゃない。
あの、哀れで可哀想な、俺の知っている大佐じゃない。

何が起こった?
何があんたをそうさせた?





「中佐は私のことが好きなんだよ」と大佐が言っていた。
「手のかかる奴だよ」と中佐が笑っていた。
「後で説明するから」と少尉が叫んでいた。





「どういう事だ!!説明しろ――――――ッ!!!」



頭が思考することを止めて。
俺は、叫ぶしかなかった。











題引用:Chihiro Onituka