The world what you loved






なんで大総統になりたいのか、お前はそう聞いたな。
私はその時は誤魔化したけれど、別にお前に言いたくなかったわけじゃない。
ただ、まだ言わないでおこう、そう思っただけだ。
時が来れば、お前には話そうと思っていた。
私がなんで大総統になろうと思ったのか、聞きたいか?
その話をする前に、少し、昔話をしようか。






錬金術は台所で生まれた、そういう説が存在する。
実際のところは定かではないが、私にとっての錬金術はその説に当て嵌まると言えるだろうな。
私の母は料理の上手な家庭的な女性だった。
料理を作る母の姿は、私にとって見飽きるものではなかった。
どこにでもある食材が、母の手にかかればたちどころに美味なる料理へと変わる。
それは子供の目から見れば奇跡に等しい行為だった。
そして、ある日私は母の奇跡に絶対に必要なモノに気付いた。
それが、炎だ。




燃え上がる炎、それはとても美しかった。
それは母の奇跡の源だった。
いくつだったのかも覚えていない幼き頃、私は炎に魅了された。
炎。奇跡の源となる炎。
奇跡の源となる炎自体を奇跡に思うようになったのはいつ頃だったか。
踊る発熱体。
目に見えるのに、それでも掴むことは出来ない。
あれを手にすることが出来たならば、どれだけ素晴らしいだろう。



あの奇跡を手にする術を私は父に請うた。
父は聡明な人だった。
錬金術師を志し挫折した彼は、学校の物理学教諭になっていた。
彼の書斎には、あらゆる書物が揃っていた。
当然、錬金術に関してもだ。
物理学的観点から、そして錬金術的観点から、父は私に炎の成り立ちを教えた。



炎。奇跡たる炎。
初めてこの手で小さな小さな焔を手にした時。
あの感動は未だに忘れられるものではない。
私が確かにこの手で奇跡を掴んだ瞬間だった。
けれど、奇跡を掴んだ人間はどうなるだろう。
恐らく多くの人間がそうであるように。
私は、より大きな奇跡を求めた。




基礎教育を終える頃、私は士官学校を選んだ。
軍事国家であるこの国において、一番研究がしやすいのが軍であることは明白だった。
聡明だった父は眉を顰めた。
奇跡の創り手だった母は涙を見せた。
けれど、焔の魅力はそれらを凌駕していた。
意志の変わらない私を、彼らは黙って見送った。






そこから先は、お前も知っているだろう?
私は錬金術に没頭し、それをお前がずっと横で見ていた。
己の手で創り出す焔のみに魅了され、多くのものを欠落させていた私に、それらを与えたのはお前だ。
錬金術以外の世界があることを私に教えたのはお前だ。


私の創る焔を、お前は綺麗だと言った。
その言葉がどれだけ嬉しかったか、お前はきっと知らないだろう。
綺麗だと言うお前の居る世界をどれだけ私が愛していたか、お前はきっと知らないだろう。
私が愛するものを愛したお前。
お前の愛するものを私も愛した。
お前はこの国が自分の国だと言った。
お前の愛するものがあるこの国が好きだと言った。



私が出世を狙っていたのはひとえに力が欲しかったからだ。
幼き日に手にした奇跡。
それを越える奇跡を手にしたかったからだ。
ただ、それだけのこと。
それなのにお前は笑って言った。



「このままいったらお前、大総統にもなれそうだな。お前が大総統になったら、この国も今よりずっと良くできんのかな」



お前にとってはほんの戯れ言だった。
言った端から忘れるような、他愛もない戯れ言だったはずだ。
その言葉さえも私は愛した。
お前の発したその言葉は、私に目指すべき道を与えた。
お前の愛したこの国を、お前の愛するままに。
私がその頂に立とう。
そう、思ったんだ。






ああ、ヒューズ。 お前は笑うか。




お前が発した戯言に、全てをかけた私を笑うか。
きっとお前は、言ったことさえ覚えていない。
だから私は、その頂に立った時、お前に笑って言うつもりだった。
お前が私にそうさせたのだと。
その時お前がどんな顔をするか。
ただそれを、楽しみにしていた私を笑うか。




もう私がお前にそれを告げる事は、ない。




お前の歩むべき道から、未来は不当に切り取られた。

お前はお前の愛するものを置いて、ずっと手の届かない処へいってしまった。
お前の代わりに私がなることは決して出来ないけれど。
お前の愛したものが、これ以上、不当に傷付くことのないように。
お前の愛した世界を私が愛そう。


だから、ヒューズ。
どうか。







安らかに。