break down






俺は愛想の良い女が好きだ。笑顔と花束が似合う女が良い。気立てが良いお嬢さん系か、どこかミステリアスなところがある美女系か、大抵そのどっちかが好み。胸がでかけりゃなお良い。豊満な胸にきゅっとくびれた腰ってやつがぐっとくる。それが、理想。
そうは言っても理想通りの女と巡り合うってのはなかなか難しい。正直なところ、自分で言うのが悲しいくらい俺は女運がない。好きになった女が結局は別の奴のことが好きだったり、騙されて貢がされたり、付き合えたとしても何かのせいで別れざるをえなかったり(仕事でとばされるとかな)。まぁ、そういう苦難があるってことこそ恋愛の醍醐味、そう思ってた。
だけどまさか、ここまでとことん女運がないとは思っていなかった。





名前を呼ばれたような気がして目を開けようとしたが、何故か成功しなかった。代わりにきたのは体が引き千切れたんじゃないかというような痛み。腹の辺りに今まで経験したことのないような激痛。あまりの痛みに声を上げようとしたがそれも叶わない。口の中に広がるのは鉄の味。咳き込むことも出来ずに、ただ喉が、空気を求めてひゅーとか細い音を上げる。
混濁する意識の中、考える。何が起こった?俺は今どんな状況にある?



………ああ、思い出した。惚れてた女に、刺されたんだった。



ありえないだろと思う。惚れてた女がホムンクルスで、俺は情報収集源として言い寄られてただけで、敵地と思われる場所で顔を突き合わせて、にっこり微笑みいただいて、挙げ句の果てにその女の指が矛のように伸びて俺を刺すなんて。悪夢のような、だけど夢ではあってくれない現実。しゃれになってねぇ。
ミステリアスな女だった。何か裏に抱えているようで、儚げに微笑む、花の似合う良い女だった。胸はでかいし腰はくびれてる。俺の理想が歩いてるようなもんだ。だからってホムンクルスってオチはないだろ。そんなもん、今のさっきまで存在自体が夢物語だったんだぜ。



また、名前を呼ばれたような気がした。なんでだよ、俺、目を開けようとしてんだろ。なんで目の前が真っ暗なんだ。なんで体が動かない。この痛みはなんだ?痛みなんてものじゃない。痛みを越えた痛みってなんて表現すりゃいいんだ?勘弁してくれ。


………そうそう、女に刺されたんだ。ホムンクルスってなんだよ、それ。マジでしゃれになってねぇ。………いや、これはさっきもう思い出したことだ。思考が同じとこループしてら。俺、どうなったんだっけ?何が起こった?周りの状況は?状況把握が最優先だろ、これでも軍人なんだから。




また、名前を呼ばれた。今度は気がするじゃない。確かに呼ばれた。誰だ、俺の名前を呼ぶのは。もう一度思い返す。女に刺された。それは間違いない。此処は?軍施設内だ。どうして此処に?バリーを追ってきた。何の為に?敵の尻尾を掴まえるために。誰と?俺は誰と此処に来た?呼ぶのは誰だ?


「ハボック!ジャン・ハボック!聞こえないのか!上官命令だ!目を開けろ!!」



ああ、そうだ、アンタと来たんだった。



「………Yes,sir」


なんだ、アンタって思い出した途端声が出るじゃん。ついでに目を開けとこうぜ、俺。ついででなけりゃ出来ねーぞ、きっと。
今度こそ目を開ける。真っ先に飛び込んできたのは、俺を覗き込んでるアンタの顔。…………なんつー顔してんすか。何があってそんな顔してるんすか?それこそマジでしゃれになってねぇ。


「……な…に、泣い……て………」
「やっと目を開けたと思ったら何を寝ぼけている!誰が泣いているんだ、誰が!私の顔は見えているか?おい、意識ははっきりしているか?もう目を閉じるなよ」


はっきり……はしてないけど、俺はとりあえず頷いた。だって、そんな顔見せられたら頷かざるをえないっしょ?つーかアンタこそ大丈夫なんすか?怪我してる?だって、血の匂いがすごい。血の気が引いてるし脂汗が浮いてる。大丈夫じゃないっしょ?俺の心配する前に自分の心配して下さいよ、上官なんだから。アンタが死んだら困るんだよ、ホント。
思うことは溢れ出てきて。でも、声にならない。それが、悔しい。


「いいか、今から私が止血する。かなり荒っぽいが時間も他の方法もない。軍人なら我慢しろ」

止血?誰の?ああ、俺のか。いや、だから俺よりもまずアンタでしょ。畜生、俺はなんで動けない。ああ、刺されたからだ。くそっ。あの後何があったんすか?あの女はどうなったんすか?………俺、ひょっとしてアンタの足、引っ張りました?混濁する意識。それでもアンタを見失わないように、目だけは開けておく。
突然口を抉じ開けられて、腕が差し込まれる。何?アンタの腕、噛めって?なんで…………



次の瞬間。
絶叫。
一瞬にしてBreak downする感覚。
しゃれになってねぇ。



左腕を俺に差し出して、跳ねる俺の体、全身使って押さえ付けて。血で錬成陣描いたアンタの右手の中、焔が踊ってるのが、見えた。ああ、綺麗だなんて。思ってる場合じゃない。
そして、Black out。それっきり。





さっき、アンタ、泣いてないって言いましたよね。じゃあ訂正。なんであんな、見てるこっちが痛い位の泣きそうな顔。前にも見たその顔、二度と見たくないと思った。二度とさせないと誓った。そのために側に居たのに、自分でさせてちゃ意味ねーよな、マジで。つーか、まさか、俺のためにあんな顔するとは思わなかった。それを何処かで喜んでいる自分、それの何倍もの後悔。
もうホント、二度とあんな顔させない。次こそは足手まといにならない。そうでなくちゃ、アンタの側に居る意味がない。
だからとりあえず、今だけBreak down。





一つだけ言えることは、俺はもう、二度と理想の女と恋愛しねぇ。絶対だ。