どれ程までの痛みに耐えたの
その傷を舐めては
どんなに不安定な価値を支えたの
その声を抱いては


引き返すのなど無駄なだけ
それなら逃げずにここに居る




















イシュヴァール戦に参戦して、どれだけの月日が流れたのか、もう、分からない。
この戦場で、俺は人を殺すことを覚え、ロイは人間兵器と成ることを覚えた。
けれど、この戦場で戦うことを己の道と決めた。
後戻りできない道なら進むしかない。どうせ進むならば頂点まで。
そう決めたロイに、自分はついていこうと決めた。



国家錬金術師ではない俺がロイについていくために必要なこと。
それは功績を上げて出世すること。
前線で戦っていては時間がかかりすぎるから。
幸い頭の出来は良かったから、そこで勝負するしかなかった。
それはつまり、今まで以上に戦場でたくさんの人を効率良く方法を考えるということ。
それが、俺の進む道。





たくさん、たくさん殺した。
ロイも。俺も。
女も男も子供も年寄りも関係なく。
たくさん、たくさん、信じられないくらい殺した。
ロイは錬金術で。俺は戦略で。
それぞれの、戦場で。


だけど、明日からは、違う。






ロイが指定した場所は数日前にロイ自身が壊滅させた区域だった。
生存者は、いない。
皆殺しの場所は、誰も寄り付きはしないから。
密会するには丁度良いと笑った。


ロイに会うのは本当に久しぶりのことだった。
久しぶりにあった顔は前に会った時よりもっと窶れていて。
でも、眼光はもっと強く、もっと鋭くなっていたから。
俺は、笑った。


「俺な、明日からいよいよ国家錬金術師付きになることになったんだわ。優秀な功績が認められて、ってやつな。宜しくな、国家錬金術師さんよ」
廃墟と化した住宅の外壁に二人並んでもたれた後、そう言うと、ロイがにやりと笑った。


「随分急いできたな。敵もたくさん作ってきたんじゃないのか?」
「生憎、愛想の良さが昔からの売りでね。おかげで上司の覚えも良くて円満出世、とんとん拍子で来させていただきました」


そう、明日からはロイと一緒に戦うことになったのだ。
たくさん、たくさん人を殺したから。
人を殺す方法を、たくさん考えたから。
その能力を買われて国家錬金術師付きの軍師にまでなった。
人を効率良く殺す方法と、それを実行する力。
それが一緒になったら、もっとたくさんの人を殺すことになる。



ふと気付くと、ロイが俺の顔を覗き込んでじっと見つめていた。


「なんだ?」
「いや、随分な面をしてると思ってな」
「お前も似たようなもんだろ」
「そうか?」
「ああ」


実際、たいした面構えだ。
眼光は増したけれど埃と緊張とで充血した目、すす汚れた顔、すっかり削げ落ちた頬。
何処からどう見たって戦場の兵士の顔だ。
やっていることは、それ以上のことだけれど。


たくさん、たくさん人を殺した。
これからもっと、殺すだろう。
それを選んだのは自分だけれど。
いったい、いつまで続くと言うのだろう。




「逃げたくなったか?」
見透かしたようにロイが言う。
その言葉に小さく頭を振ると、「逃げたければ、いつでも逃げればいい」と、ロイは息を吐くように呟いた。
引きとめたりはしないから、逃げたければいつでも逃げればいい。



「逃げる場所なんか、あるかよ」
返した声が、いやに荒んで聞こえた。



逃げる場所など、ない。
戦場からの撤退は、俺達が決めた道からの撤退と同義だ。
それをするには、あまりに人を殺し過ぎた。
それはロイも分かっているはずだ。
ただ、それを口にしてしまうほどに、俺達の中に限界が来ていることは痛いほど感じていた。


いつまで殺すのだろう。
あとどれだけ殺すのだろう。
どれだけの数を殺せば、道が拓けるのだろう。


泥沼化した戦場は果てる気配もなく。
疑問に対する答えは、まだ、見えてこない。




「お前こそ、逃げたくなったのか?」
「逃げる場所なんか、あるか」
互いに目線を合わせる。
あんまりな互いの様がおかしくて、笑った。


最初は微笑みだけだったそれに笑い声が加わり、最後にはそれが狂笑に変わった。
狂気を孕んだそれは、笑っても笑っても、収まりがつかない。
廃墟の中で笑い声だけが響くから。
何故だか止められずに笑った。




限界だ。
これ以上、人の命を背負えるものか。
それでも、背負わなければ、ならない。
決して降ろすことのできない荷を、背負うと決めた。
引き返せない道を行くと決めた。


限界だ。
それでも、限界を超えて、進まなければいけない。
それが、俺達の選んだ道なのだから。




突然、ロイが俺の首元に腕を回し、噛み付くようにキスをしてきた。
貪るようなキスに、俺はロイの少し細くなった躰をきつく抱きしめ、それに応えた。


皮膚はこんなにざらついているのに、唇がべとつくのは、此処が戦場だから。
たくさんの人が、皆焼けて死んだ場所だから。
俺達が、殺した場所だから。
埃にまみれて口の中もざらついているけれど。
捕食し合う様に舌を絡める。




「ヒューズ、ヒューズ、ヒューズ」
キスをしながら、譫言のようにロイが繰り返す。
掠れた声が、俺の名前を、呼ぶ。


怖いのか?
怖いよな。
俺は、怖い。


たくさん、たくさん人を殺した。
明日からはもっとたくさん、たくさん人を殺す。
お前と、俺で。
怖くないはずがない。
それだけの命を背負うだなんて。
恐くない、はずがない。


ロイの躰をきつくきつく抱きしめる。
さっきまでの笑いは静寂が全て飲み込んでしまったから。
恐怖に飲み込まれてしまわないように。
呼ぶ名前さえ飲み込んで。
深く深く、口付け、抱きしめる。


抱き合い、触れ合った胸から鼓動が伝わる。
ロイの心臓が規則正しく、生の時を刻んでいるのが分かる。
ああ、まだ生きている。
俺も、お前も。
たくさんの人を殺し、鈍磨していく感覚の中で、狂ったこの世界の中で、それだけは確かなことだ。


まだ生きている。
まだ死ねない。
逃げ出したい。
逃げられない。
死んではいけない。
進むと決めた道の上で、俺達はまだ、生きているのだから。


ロイの躰が微かに震えているのが分かる。
いや、震えているのは俺なのかもしれない。
今だってこんなに、自分のしたこと、これからすることに怯えている。
それなのに、お前の鼓動が伝わるから。
少しずつ、心は凪いでいく。
大丈夫、俺達は1人じゃないから。
だからきっと、大丈夫。
耐えられる。






どれくらいそうしていたのか、ゆっくりとロイがその身を離した。


その目には確かな焔があった。
大丈夫。
大丈夫。
俺達は、進める。


「なんだ、ちょっとはマシな顔になったじゃないか」
俺が言う前に、ロイが俺の顔を覗き込んで笑った。


「私のキスがきいたか?」
「馬鹿言え。俺のテクニックにまいったのはお前だろ」
「はっ!この程度でテクニックとは聞いて呆れる」
「なんだと?なんならもう一度試してみるか?」


笑い合い、もう一度唇を重ねた。
さっきよりもっとずっと、穏やかなキス。
熱が伝わる。
生きている。
俺達は此処で、生きている。


大丈夫。
まだ、大丈夫。


互いの頬に両手を添え、互いの目を覗き込む。


「まだ、進めるな?」
「誰に言ってやがる」
「私とお前でやるぞ。1日も早く、この戦いを終わらせる」
「ああ」


ロイはふっと笑うと、立ち上がり、その手を俺に差し出した。


「私は大総統になってやる。必ずだ」


ああ、そうだ。
そのために、俺達は前に進み続けるのだから。


「絶対だろうな?」
「ああ。絶対、だ」


差し出された手をしっかり掴み、俺はゆっくりと立ち上がった。










こんな道が何処に続くのかさえ
分からずにいるけど
立ち止まり貴方を見失う方が
哀しいだけ











題・詩引用:Chihiro Onituka






捏造イシュヴァール。ぶっちゃけ、半端ない人数殺してるんですよね、この人達。
1人で背負うには、あまりに重いと思うのです。
将来、ロイはこの大切な共犯者を失うかと思うと、言葉もない・・・(泣)
2006/11/16