Dog Style







外回りの仕事から帰ってくると、口煩い上司が2人とも席を外していたので、これ幸いとサボることに決めた。
司令部内の裏庭はかなり広く日当たり良好、木々も生い茂り隠れ場所多数ときて、絶好のサボり場所だ。
建物から見て完全に死角となるポイントは既にいくつも押さえてある。
そのポイントの一つに寝転がった。

見上げると空は高く青く、風は心地良い。
傍らの木が適度な日陰を作り、光が反射して新緑が美しい。
絶好のサボり日和だ。
こんな日に室内で仕事をしている奴らは可哀想だなどと軍への忠誠度0の状態で考えながら、しばらくぼんやりとしていた。


「ハボック!ジャン・ハボック!」

突然名前を呼ばれて反射的に身体を起こした。
呼んだ相手は気付いていないのか、名前を呼ぶ声は続く。

「ハボック!居る事は分かっているんだ!返事をしろ!ハボック!ハボック!ハボーック!」

聞いているこっちが恥ずかしくなるくらい大きな声で怒鳴っているのは、先ほど席を外していたはずの上官だった。
何故居場所がばれたのかを考える前に、あまりに名前を連呼されるのが気恥ずかしく、観念して「ここにいます」と手を挙げ、声を上げた。

「そんな犬でも呼ぶみたいに名前連呼しないで下さいよ、恥ずかしいから」
「五月蝿い。お前なんか犬で充分だ」

そう言うと有能な上官様は憮然とした顔で傍に腰を下ろした。
どうやらご機嫌ナナメらしい。
てっきりサボっていることを叱責しに来たのかと覚えば、憮然とした顔のままで座りこんで前方を睨みつけているもんだから、とりあえず「あのー」と控えめながらに声をかければ、やはり憮然とした声で「なんだ」と返ってきた。

「なんで此処に居ること分かったんすか?」
「私には有能な部下が居るんでね。すぐに裏庭に居るはずだと教えてくれた」

さっき、ただ1人司令室で働いていた同僚の顔を思い出す。見咎めない代わりに上司への密告ときたか。

「それでアンタ、何しに来たんすか?」

相変わらず憮然とした表情で黙り込んでいる上官に、遠慮がちに尋ねると、「サボりに来た」と目線を動かさないままでの返事が返ってきた。

「は?」
「聞こえなかったのか?サボりに来たと言ったんだ」
「いいんすか、働かなくても」

自分の事を棚に上げて言った途端、黒い瞳がぎろりと動き睨みつけてくるもんだから、慌てて「いや、俺もサボってんですけどね」と愛想笑いを浮かべる。

「お前は私が今までどれだけ忙しかったか知らないだろう」
「何してたんすか?」
「中尉に拘束されてたんだ!朝からずーっと!ずーっとだぞ!その間やったことはひたすら書類の内容確認とサインだけだ!今日の午後までに仕上げなければいけないとか言って、珈琲の一杯も飲ませてもらえなかったんだ!」

そりゃアンタがギリギリまで仕事を溜めてたからだろと思わないでもなかったが、心底うんざりした顔を前にそうとは言えず「ご愁傷様です」とだけ漏らした。

「で、その中尉殿は今どちらに?」
「書類をまとめて送る手続きに出て行ったからそのまま逃げてきた」
「いいんすか?」
「私がいいと言ってるんだからいいに決まってるだろう」

アンタ、それはただの我侭です。思うだけで言えず。
そのまま、2人で黙りこむ。



穏やかな風に吹かれてぼんやりしていると、それまで大人しく座り込んでいた上官が突然足に触るもんだから、ぎょっとして見ると「脚を貸せ」と涼しい顔で言う。

「貸せ、とは?」
「ずっと書類を見ていたから目が疲れた。少しの間寝る」
「いや、俺の脚は枕じゃないっすよ」
「五月蝿い。お前なんか枕で充分だ」
そう言って持ち主に断りもなく胡坐の形にすると、その上に色々と角度を変えながら頭を乗せた。

「さっきは犬って言ってたじゃないすか」
「犬なら犬らしく、御主人様が眠る間くらい、静かに警護したらどうだ」
「つーか軍施設内で誰から警護するんすか」
「中尉」
「いや、普通に無理っす」
「いい加減黙れ」

本気で眠るつもりなのか、さっきまで不機嫌そうだった黒い瞳が隠れたから、諦めて溜息を吐いた。

「あのー、脚と時間を貸す御褒美ってのは貰えるすかね」
言うと鬱陶しそうに下から睨みつけてくるものだから、また愛想笑いを浮かべる。

「犬のくせに褒美を欲しがるのか」
「その方が働き甲斐があるのは確かっすね」

ふむと考えた風の様子を見せた上官は、「今夜の夕飯を奢ってやろう。ありがたく思え」と偉そうに言うと、そのまま、また目を閉じた。

「その代わり、家まで送れよ」
「Yes,sir」

2人で過ごせる時間ができたことが嬉しくて。
黒髪を撫でると眉が少し寄せられただけでお咎めはなかった。

こういう過ごし方もいいかもしれないと思った、そんな、午後。

有能で日和見的な同僚に教えられ、青筋を立てた中尉殿が乗り込んでくるのは、また後の話。