Pillow Talk







部屋の中の仄暗さは夜明けが近いことを告げていた。事後の気怠い空気の中、ハボックは掛布をたくしあげるついでに、自分に背を向けて横になっているマスタングを後ろからやんわりと抱きしめた。

まだ眠りについていないことは気配で分かった。

「眠れないのか?」

背を向けたままのマスタングの言葉に「ええ」と小さく返すと、「私もだ」という小さな返事が返ってきた。

「おんなじっスね」
そう囁いて肩口に顔を埋めると、まるで猫のように、マスタングがそっと顔を擦り寄せてきた。



帰宅したのはつい先頃だった。
マース・ヒューズ准将を殺害したマリア・ロス中尉。軍に追われる彼女の死体をでっちあげ、本人を匿う。軍部に見つかれば厳罰は免れないその背信行為を極秘裏にやり遂げた。
鋼の錬金術師が騒ぎ立てたこと、それに遺体解剖の結果、本人と断定されたことで、計画は確実に成功したはずだ。
軍部でマリア・ロスの死を疑う者は、いない。



夜明け近くに一時的に戻った部屋の中、服を脱ぐのももどかしく求め合い、抱き合い、そして果てた。
夜が明ければまたすぐ出掛けなければいけない。やらなければならないことは、山と待っている。
それでも、それまでの一時、緊張を強いる計画により高ぶった心身は、休むことより満たされることを求めた。


おそらく、マリア・ロスは策略に嵌まっただけであろうことは間違いない。そしてそれを仕組んだ者はマース・ヒューズ准将を殺害したその者であることも間違いなかった。
それが身近に居る。気配だけは分かる。気配だけしか、分からない。
それが腕の中の上官にとってどれだけ耐え難いことなのか、ハボックには想像することさえおこがましいような気がしてできなかった。
傍に居る。言われるままに動く。それだけしかできない自分が、辛かった。



「ロス中尉はシンに行くんでしたっけ?」
「ああ、しばらくは家族にも会えないな」
「辛いっスね」
「それでも、死んでしまうよりいい」


マスタングはもぞもぞと動きハボックと向き合うと、その広い胸に顔を埋め、小さく丸まった。

こんな風に甘えてくるのは珍しいと思いながらも、ハボックは黙って腕をマスタングの背に回し、そっと抱きしめた。



「お前は兄弟は何人いる?」
突然問われ胸元を覗きこむと、黒い瞳がじっと見つめ返してくる。


「妹が二人に弟が二人っす」
「お前は長男か」
「です」
「だから部下を扱うのがうまいんだな」
「それ、よく言われます」
「どんな兄弟だった?」
「それが田舎育ちなもんで、やんちゃばっかで大変でした」
「お前が筆頭だったんだろう?」
「いや、俺は真面目な孝行息子でしたよ」
「よく言う」
二人、顔を見合わせて、笑う。


それから、マスタングに求められるままにハボックは話をした。家族のこと、田舎の暮らし、小さい頃の思い出。そんな、他愛もない、話。


「でも、大佐は俺のこと全部知ってるんじゃないスか。身辺調査してないわけじゃないでしょうに」
からかうようにそう言うと「当たり前だ」と即答が返ってきた。

「だったらなんで聞くんです?」
「書類上の事実ならいくらでも知っている。でもそういうのは本当の意味で知っていることにはならない。生きた人間の話は実際に生きた人間から語られなければ、本当には理解できない。そうだろう?」


意外な言葉にハボックが驚いた顔を見せると、マスタングはじっとハボックの目を見つめた後、ふいっと顔を逸らし、元のように背中を見せて丸まった。


「アイツが、そう、言っていた」


独り言のように呟いたマスタングを、ハボックは何も言わず再度後ろから抱きしめた。黒髪を梳くと、また猫のように頭を擦り寄せてきた。


「少し休んでください。時間ほとんどないっスけど。全く寝ないよりマシでしょう」

優しく声をかけると「ん」と子供のような返事が聞こえた。
触れ合った肌が互いの熱を伝える。確かな生がそこにあった。



「お前のことを、もっと知りたいと思ったんだ」
また独り言のように呟かれた言葉に、ハボックは抱きしめている腕に僅かばかり力を込めた。

あの人のように横に並ぶことはできない。
傍に居る。言われるままに動く。それだけしかできない自分が、辛かった。

けれど。

それでも、傍に居たいと、そう願う。


夜明けはもう、すぐそこまで迫っていた。