店閉めを終えて外に出ると、路肩に社長が車を停めて待っていた。



「ちょっとつきあえよ」



そう言うと、社長はそのまま運転席に乗り込んだので、俺も黙ったまま助手席に乗り込んだ。
すぐに、車は滑るように走り出す。
日中はだいぶ暖かくなってきたが、人通りも少ないこの時間になると、まだ肌寒い。
手に持ったままだった上着を羽織り、「何処へ行くんですか」と尋ねようと思ったが、社長の横顔を見て止めた。
時々、この人はこういう顔をする。
分かっている。
あの人が、居なくなってからだ。






車が停まったのは街外れにある小さな公園だった。
この時期、公園は薄紅色に染まっている。
人工の薄ぼんやりとした明かりに照らされていても分かるほど、見事な色だった。
昼間はさぞかし人で賑わっただろう。
さすがにこの時間ともなると、誰も居ない。




社長は中央にある、一番大きな樹の傍に行くと、目を細めてそれを見上げた。
樹齢がどれほどのものか、検討もつかない。
どれだけの年月、此処にこうしているのだろう。
どれだけの回数、満開の花をこうしてつけているのだろう。




「桜は嫌いなんだ」




社長が呟いた。
独り言のようだったから、何も言わずに少し離れた処に立っていた。




「イメージが被るんだよ。見ると、どうしても思い出す」




また、社長が呟いた。
「何を?」とは訊けなかった。
訊く必要もなかった。
俺も、そう思っていたからだ。






「でも、だから、どうしても見に来ちまう」








呟くように社長が言った時、強い風が吹いた。
薄紅色の花弁が音もなく舞い散る。
視界が薄紅色に染まる。
まるで雪のように。
音もなく、ただ静かに舞い散る。








「潔く散ればいいってもんじゃないだろう?」








掠れた声で社長が呟く。
俺に言える言葉など、何もなかった。






fin.








イメージが被るのは私だけでしょうか?見ると必ず思い出します。
社長は痛みを坂井と分かち合えるといい。独りで苦しまないといい。
2007/04/09