何時も身体を冷やし続けて無言の季節に立ち竦む
浴びせる罵声に耳を澄まし 数字ばかりの世に埋まる



上手いこと橋を渡れども
行く先の似た様な途を 未だ走り続けてる
其れだけの
僕を許してよ



逢いたい人に逢うこともない
だから手の中の全てを
選べない 日の出よりも先に 僕が空に投げよう





椎名林檎「月に負け犬」












闇に降る雨    川中其のニ












必要なんだと言った。
愛してると言った。
傍に居てくれと言った。
何度も何度も繰り返し言ったのに。



嫌な予感はしていた。
何も言わない。
坂井も何も言わない。
でも。
だから。
嫌な予感はしていた。






―――なにも言うな。社長にはなにも言うな。藤木さんはそればかり繰り返してましたよ。



坂井の言葉が何処か遠くで聞こえた。
いやに自分の鼓動が耳につく。
其れが耳障りで蹲る。





なんでお前は何も言わない?
何時だって、何時だって独りで片付けて。
俺はそんなに頼りないのか?
違う。
分かってる。
そんなんじゃない。
分かってる。
だけど。
だからこそ。



お前は俺を守ると言った。
俺がお前を守りたいと思うのは罪なのか?






―――まさか、高村さんが藤木さんを殺そうとする、なんてことありませんよね?
―――おまえは、どう思ってるんだ?



遠くで坂井の声がした。
遠くで俺の声がした。






今、お前は俺に逢いたいんだろう?
止められるのが怖いだけで、本当は逢いたいんだろう?
どうして。
何故。
分かってる。
でも。
だけど。
どうして、俺もお前に逢いたいんだって事を、お前は何時も気付かないのだろう。



何時も求めていたのに。
側に居ろとあれだけ言ったのに。
お前は何も言わない。
唯、微笑むだけだ。






遠くで坂井の声がする。
遠くで俺の声がする。
でも、聴こえない。











車から降りると、波の音が聞こえた。
坂井が走る音が聞こえた。
足が動かない。
足元を睨み付けながら歩を進める。



「ドク」



何を言わず付いて歩く男に声をかける。
空を見上げると、満天の星空で。
泣きたくなった。






「助けてやってくれ。助けられるものだったら、なんとかして助けてやってくれ」
「わかってる」
「これ以上、友だちに死なれたくない」



お前は死にたくないんだろう?
死ぬのが怖くないだけで、本当は死にたくないんだろう?
言葉にはしなかったけど。
本当は、お前は何時も側に居たいと言っていたんだろう?
そうなんだろう?







坂井の叫び声が聞こえた。
それを聴かない振りをした。
此処で、お前の見えない所で立ち止まるわけにはいかない。
お前が彼の岸に逝く事を知ったら、俺の足は止まってしまう。












暗闇の中に浮かんだお前の姿は、もう彼の岸に居て。
其処には残像が在るのみで。
俺が側にしゃがみ込んでも、もうお前は気付かない。





―――なぜだ?なぜ、刃物を抜いた?
―――負けたんですよ。
―――俺は、抉って、撥ね上げた。浅ましいもんでさ。
―――負けでさ。
―――俺の兄弟分でさあ。男、です。てめえだけ、死のうとしやがった。





彼の岸に居るお前が喋る。
だからお前も逝くというのか?
負けたから、生きたいと願ったから、死ぬというのか?
俺の側に居たいくせに。
俺の側に居て欲しいのに。
馬鹿だな。
本当に馬鹿だな。







「藤木さん、俺だ」



坂井の叫び声が、今度はいやにはっきりと聞こえた。



「社長は?」



ああ、お前はまだ生きている。



「ここにいる。ここにいるぞ、藤木」



自分の声もはっきり聞こえた。
お前にも聞こえるか?
まだ、お前には俺の声が届くのか?



「やっぱり、会いたかったです」



血の気の失せたその顔は儚くて。
でも其の眼は俺を探して微笑むから。
あまりに其れは綺麗で。
泣きたくなった。



「命、粗末にしないで下さい」
「説教か、こんなになっても」
「あんたは、やりかねん」
「そういう時は、命を棒に振った馬鹿な友だちのことを、思い出す事にするよ。藤木年男って馬鹿野郎をな」





ああ。
何故。
何故、お前はそんなにも幸せそうな顔をするのだろう。
俺の言葉はお前に届いたか?
お前の眼に俺は映ってるのか?



「藤木、で死ねますか?」
「当たり前だ。俺と坂井が見てる」
「いい思い、しました。社長の下で」






逝くなと叫びたい。
俺を置いていくなと、側に居ろと叫びたい。



でも、お前は微笑むから。
哀しみ等ない顔で微笑むから。
何も言えない。






「ライター」
「えっ、ライターがなんだって?」
「持っててくれ」






逝こうとするお前の眼が俺を捉える。
その眼はとても穏やかで。
その口は言葉を紡ぐ。




―――愛してる。








それきりお前は物体になった。








最後にそれはないだろう?
何時でも応えなかったのに。
今度は俺の応えも聞かないで。
勝手だよ、お前は。
本当に、勝手だ。







見上げた空は満天の星空で。
泣きたくなった。














藤木さんには幸せな、けれど社長にはあまりに辛い死に方だったなぁと痛切に思うのです。
この後の社長に幸せがないとあまりに哀しすぎる・・・。
2007/03/03