好きな人や物が多過ぎて 見放されてしまいそうだ
虚勢を張る気はないのだけれど取分け怖いこと等ない



明日 くたばるかも知れない
だから今すぐ振り絞る
只 伝わるものならば 僕に後悔はない




椎名林檎「月に負け犬」












闇に降る雨    川中其の一












其の張り詰めた身体が、糸が切れた様にぐったりしたのを見て、後悔の念がどっと押し寄せてきた。
いつもそうなってから後悔する自分が情けない。
其れは分かっているのだが、いつも同じ事を繰り返してしまう。



ぐったりとした身体から自身を取り出すと、自らが放ったものがその股の間を伝っていくのが見えた。



軽く、自分に舌打ちをする。






普段は出来る限り無理を強いることはないように心掛けている。
最初の頃は男とやる時の加減が分からず、無理も強いていた様に思うが、其の回数を重ねるに従い、労り、慈しみながらその身体と交わることを覚えた。
けれど、時折、何かに急き立てられるように我武者羅に抱いてしまうのだ。



愛していると自分は囁く。
其れに対して黙ったまま微笑んでいる。
何時も繰り返される同じ事。
只、其の様を見ると、時折、無性に不安に駆り立てられてしまう。



何時でも側に居るのに。
身体を何度も重ねたのに。
埋められない何かが、自分の中の獣を暴走させ、劣情を止めることが出来なくなる。
唯、何かに掻き立てられる様に抱いてしまう。
その意識さえも飛ばしてしまう程に。



其れでも彼の人は何も言わない。
唯、恐縮したように、哀しく笑うだけだ。
だから何も言えない。
詫びる事さえ出来ない。
唯、微笑み返す事しか出来ない。
そして其れは。
更なる劣情を駆り立てる。
でも、埋まらない。






ぐったりとした其の身体を抱え上げ、そっとベッドに横たえる。
其の身体は大柄な自分と比する間もなく、かなり小柄で。
一切の無駄を省いた様な筋肉は、彼の人を守るための鎧であり武器だった。
今まで他の男に欲情した事などない。
唯、其の身体は綺麗だと思った。



濡れたタオルで其の身体を丁寧に拭いていく。
注ぎ込まれた自らの欲望を掻き出すと、意識のない其の喉から、微かな吐息が漏れた。






何かを隠している。
其れは分かっていた。
自分の預かり知らぬところで何かが動いている。
其れはひどく自分を不安にさせる。



だけど、彼の人は何も言わないから。
気付いて欲しくないと思っている事に自分は気付いているから。
何も言わない。
何も言えない。
唯、身体を重ねる。



「愛してる」



耳元で囁く。
譬え届いていないとしても。
言わずにはいられない。



「愛してる」



熱に浮かされた様に繰り返す。



唇を重ねると、行為の時に噛み切ったのか、微かに血の味がした。








後ろから包み込む様に、抱き締めて眠った。
どれ位の時間が経ったのだろう。
そっと腕を持上げられて目が覚めた。
横で身を起こす気配がする。
自分を気遣う様な其の行為に、目覚めてない振りをする。



自分を見つめてるのだと思った。
哀しい眼で、自分を見つめているのだと、そう思った。



そう思うと、哀しかった。
ひどく孤独な気がして。
無性に抱き締めたくて。
ベッドから降りようとするその手首を掴む。
驚いた様に振り返ったその眼を見て、何故だかひどく、不安に駆られた。



「何処に行くんだ?」



「喉が渇いて。水を飲もうと思って」
「行くなよ」



掴んだその手を引くと、其の身体は容易く胸に倒れ込んできた。
すっぽりと自分に入り込んでしまう其の身体がいとおしくて、そっと抱きすくめる。
何故この身体をあんなにも手荒く扱ってしまうのだろう。
こんなにも、こんなにも大切なのに。
側に居て欲しいと、切に願う。



「行くなよ」
耳元で囁く。
「俺の側に居ろよ」



応えはなかった。
唯、彼は小さな声で「すいませんでした」と呟いた。



「また、社長の手を煩わしてしまって」



その言葉に、言うべき事を失う。
ああ、まただ。
また、何も言えなくなる。
唯、微笑んで、啄ばむ様に口付けをした。



「愛してるから、側に居ろよ」



愛してるから。
何も聞いたりしないから。
唯、側に。
側に居て欲しい。





躊躇いがちに胸を押される。
やはり応えはなくて、いつもの様に哀しい微笑みが其処にあった。



「やっぱり、水飲んできます」



今度はその腕を掴むことが出来なかった。







「俺にも水を持って来てくれないか」



傷だらけの、其の綺麗な裸体が部屋から出て行こうとするから。
思わず声をかける。
想い人は振り返って微かに微笑むと、そのまま部屋を出て行った。





独り、ベッドの上に残される。
水なんか欲しくなかった。








唯、側に居て欲しかった。













愛してるから臆病になる。
大切なのにすり抜けていく。
2007/02/15