綺麗な貴方







冬のある寒い日、坂井は一人で、レナで珈琲を飲んでいた。昨夜のうちに降った雪が薄っすらと地面に積もっている。この寒さでは、当分溶けることはないだろう。今夜も雪が降る、そんなことを天気予報で言っていた気がする。
今日はいつもよりも客の数が多く、菜摘は忙しそうに動いている。それを坂井はボンヤリと眺めていた。

「はい、どうぞ」
急に声をかけられ振り向くと、そこには可愛らしくラッピングされた包みを差し出す安見がいた。

「えっと?」
「今日、何の日か知らない?バレンタインデーよ」
「ああ、なるほどね」

普段、客の入りに関係するため曜日は気にしていても、日付は気にしていなかった。言われて初めて、今日が2月14日だと気付く。
この歳頃の女の子には、きっと大切な日なのだろう。

「何?俺にくれるの?ありがとな」
「ささやかなものですけど」
笑顔で受け取ると、安見が嬉しそうに笑った。

「それでね、御使いも頼みたいんだけど、いいかな。川中のおじさまと藤木さんにも渡してもらいたいんだけど。今日、坂井さんも来られなかったらどうしようかと思ったわ」
「いいぜ。どれを渡しとけばいい?」
「これは川中のおじさまへ。で、こっちは藤木さんに渡してね」

差し出された二つの包み。一つ目は坂井が貰ったものと、ほぼ同サイズだった。そして二つ目の包みは・・・・・・。

「………なんでこんなにサイズが違うんだ?」
明らかに坂井が受け取ったものの倍以上の大きさはあった。しかも包装も手がこんでいる。

「いやだ、坂井さん。本命には他の人と違うものをあげたくなるものでしょ」
「本命?」

照れたように安見が笑ったが、坂井はそれどころではなかった。
一つ目は川中のおじさまへ。二つ目は藤木さんへ。

「藤木さんがぁ?」
「そうよ。いけない?」

いけなくはない。いけなくはないが。
予想外の安見の言葉に驚く坂井を、不満そうに安見が見た。

「なんで藤木さんなんだ?」

とりあえず包みを受け取ると机に置いて、坂井は安見に向き直った。
安見も坂井の隣のスツールに腰をかけると、夢見心地な顔で遠くを見詰めた。これがいわゆる恋する乙女の顔というやつなのだろうか。
たかが12歳、されど12歳。

「だって、かっこいいじゃない。無口でクールな感じがするし、それに、とっても綺麗だわ」
「はぁ?どこが?」

坂井は素っ頓狂な声を上げた。確かにあの人は文句なくかっこいい。無口でクールなのも分かる。確かに一般的にあの人を形容するには、それが一番だろう。時としてかなり饒舌でクールとは程遠いことなど、安見が知るはずもない。しかし一体、あの人のどこを見れば綺麗ということになるのだろう。そもそも綺麗というのは、男に言う誉め言葉なのだろうか。
安見はむっとしたように坂井を睨み付けた。

「綺麗じゃない。指先とかとっても繊細だわ。色だって白いし、特にそう、目元が綺麗。どことなく寂しそうな目にひかれちゃうのよね」

一体いくつなんだ、この子は。
何がどうなったら37のおっさんをつかまえて、12の子供が綺麗だの、繊細だの、目元が寂しそうだの言うことになるんだ?

「なぁに、分からない?あの良さ。坂井さんって、結構見る目ないんだ」

ガキが何を言うか。その身長では、あの生え際の際どさも見えまい。その繊細な指先とやらが、刹那に最強の凶器となって鳩尾に叩き込まれる、あの恐怖を知るまい。

「あー、まぁ、なんだ、渡しとけばいいんだな?」
「そう。よろしくね。大きい方が藤木さんよ。間違えちゃだめよ。あと、いらないことは喋らないでね」

私の本当の気持ち、ってか?
坂井は曖昧に微笑むと、勘定を済ませ、重い足取りでレナを出た。






「・・・・・・・・・なんのつもりだ」

入り口でかち合い、ロッカールームで二人で着替える際、坂井が差し出した包みを見て、藤木は怪訝な顔をした。確かに前科(まえ)有りのバーテンと可愛いラッピング。恐ろしく似合わない組み合せだ。

「安見からですよ。今日はバレンタインデーっつーことで。俺は直接貰って、あと藤木さんと社長に渡すように頼まれました」
「ああ」

半分納得、半分困惑といった表情で、藤木は包みを受け取った。親殺しの元極道と可愛いラッピング。これまた恐ろしく似合わない組み合せといえる。
凝ったラッピングを不思議そうに眺める藤木を見て、坂井はふと、安見の言葉を思い出した。

――――とっても綺麗

包みを持つ、その手を見やる。今まで藤木の手など、じっくりと見たことがなかった。
何気なく見て、一瞬、ぎくりとなる。
すらっと長く細い、けれど女のものとは確実に異なる、骨張った――――繊細そうな指。
それは確かに「綺麗」だった。

「なんだ?」
「いや、あの、別に」

怪訝そうな藤木の声に坂井は平静を装い、目線を逸らす。

「なら早く支度しろ。時間だ」

包みを丁寧にロッカーに仕舞い込むと、藤木はフロアへと出て行った。
その後ろ姿を、心拍数が上がった坂井が呆然としながら見送る。

「あれ――――?」

心拍数が上がったことに首をひねりながら、ボータイを手早くつけるとフロアへと入った。
フロアにはいつものように、藤木が店内のチェックをしている。
すっきりと伸びた背中、無駄のない動き、そして鋭い目元。 その姿を、無意識にいつもとは違う目線で追っていることに気付き、坂井は頭を振った。

――――とっても綺麗だわ

安見の言葉が頭の中でリピートする。

「おいおい、何考えてんだ、俺・・・」

あんな小さな女の子の言葉を真に受けてどうする。
そう思いながらも目線が藤木から外せない。
坂井は首をひねりながら、自分と同じサイズの包み(not本命)を渡すべく、川中が来るのを待つことにした。



12歳の少女と今待っている上司とが、将来的に恋敵になることを坂井が気付くのは、もう少し先の話。




fin.









MajiでKoiする5秒前。(古いから)
人生経験豊富な12歳の少女に自分の想いを気付かされる坂井直司25歳(笑
バレンタインネタです。社長が出るところまで書くつもりでしたが挫折。
2007/02/01