子供の時間







寝付けずにいたガイはベッドで本を読んでいた。基本的に夜はすんなり寝付けることの方が珍しい。その為、ベッドサイドには常に何かしら本を積んでいた。目的の為に、そして自分が生き抜いていく為に学ぶべきことは山とある。
けれど文字列を追いながらも、それがまったく頭に入っていないことも分かっていた。夜の読書は学ぶ為のものではない、眠るまでの時間を潰す為のものだ。



横に滑っていくだけの文字に深く溜め息をついた時、小さくノックする音が聞こえた。扉ではなく窓、しかもこんな時間にノックするなど、一人しかいない。
カーテンを開くと、はたしてまさにその人物、ガイにとっての年若き主人が満面の笑みを浮かべ、鍵を空けるよう催促していた。
気付かれないよう溜め息をつきながら窓を開けると、見事な赤髪をたなびかせ、ルークがひらりと部屋に入って来た。

このご主人様、屋敷から出ることは叶わない。その代わり、彼にとって全てであるその小さな世界の中では何処でも自由に出入りできると思っているらしい。ガイの部屋に無断で入り込み、勝手に寛いでいることもしょっちゅうだ。
ただ、執事を含め、彼を取り巻くものが、彼の「貴族らしからぬ」振る舞いを必ずしも快く思っていないことも、言葉にしないまでも充分自覚しているようだった。そのため、「使用人」のガイの部屋に正面から入ってくることはない。「俺は好きにやっているんだ」というスタンスでいつも窓からこっそり入り込んでくる。その彼なりの対処法が微笑ましくも思えた。



「やっぱまだ起きてた」
「ちょうど寝ようと思ったところだよ。どうしたんだ、こんな夜更けに」
「こんな夜更けだから、だろ」


そう言うとルークは邪気のない笑顔でガイをベッドに押し倒すと、自身は上に馬乗りになった。ある意味、予想通りすぎる行動に、ガイは大きく今度はルークにも分かるように溜息を吐いた。


「あー、なんだよ、その態度!」
「お前さぁ、もうちょっと誘い方ってもんがあるだろうよ。いきなり来て押し倒すか、普通」
「い、いーんだよ!俺がやりたいんだから!」
「こういうのはきちんと手順踏んでするもんなんだよ、普通はな。勝手にやるもんじゃなくて、共同作業でやるもんだろ」
「うるっっせぇなぁ!俺は俺のやり方でやるっての!」


そう言うと、ルークは猛然とガイの服の釦を外しにかかった。指先が不器用な彼のこと、外すまでにしばらくはかかるだろう。ベッドに体を預け、ガイはまた大きく溜息を吐いた。



実際のところ、ガイとしてもルークとの行為は嫌ではなかった。むしろ、嫌でないのが嫌と言っていいかもしれない。
そして、ルークはガイ自身が嫌がってはいないことを知っている。だからこそ一見自分勝手なように振舞っているのだということもガイは分かっていた。自分が本当に嫌がることを、ルークは絶対にしない。傍若無人に振る舞いながら、密やかに相手の顔色を窺うところがある。恐らく、本人は無意識に。それが分かるからこそ愛おしいとも感じるのだが、そう感じることこそが、罪悪感となり、寝つきを悪くさせているのだ。





一族郎党皆殺しにした憎むべき男、そしてその息子。この家に入り込んだのは復讐を果たす為に他ならない。喪われた記憶、けれど確かに全てを喪ったのだという現実。内に巣食う憎悪の芽をじっくりと育て、復讐だけを胸に、使用人という立場を演じてきたはずだった。
それなのに。
あの誘拐以来、全てが変わってしまった。ルークも、周りも、そして、自分も。


ルークは全ての記憶を失い、周囲は彼を屋敷という名の牢獄に閉じ込め、そして、自分はただの使用人からルーク専属の子守役となった。生まれたての赤ん坊のようになって帰ってきた彼が、自分に一番懐いた、ただそれだけの理由からだった。
立つことや歩くことから始まり、言葉から生活習慣に至るまで、様々なことを教えた。甘ったれで、我侭で、でも真っ直ぐな瞳でガイを追いかけ、無邪気に笑う彼に、7年経った今でも戸惑いを覚える。目の前にいるのは確かに憎い仇の息子の姿をしているのに、別人としか思えない。一体これは誰なのだという違和感は、誘拐からこっち、常に抱いていた。




初めて逢った時の、あの挑むような眼差しを思い出す。気位の高い、貴族としての資質をもった少年。紹介された自分を、無言で一瞥したあの少年。
子供ながらに己の内に巣くう憎悪を見透かされた気がしていたたまれなかった。あの眼差しに、自分の方が怯えていたのかもしれない。怯えとそれ以上の憎しみ、そしてそれを隠す為の使用人としての演技。当然、必要最低限以上の関わりは避けてきた。


それが赤ん坊のような状態で戻って来て、真っ白な状態から乾いたスポンジが水を吸い込むように知識を吸収し、七年かけてやっとここまできた。同年代の少年と接する機会はガイ自身にもないので比べようもないが、よっぽど世間知らずで甘ったれで、格段に幼いことは比べるまでもないことだった。
それでも、とガイは思う。あの真っ白な状態から、よくもここまで育ったものだ。
挑むような視線は変わらない。けれど、かつて自分を怯えさせたその視線は、かつてのものと似て非なるもので、むしろ愛おしさを感じることにガイ自身戸惑いを禁じえなかった。
憎しみを根幹にこんなところにまで来たのに、それを揺るがされる思いがする。
憎むべき、けれど愛おしい、ルーク。







いつの間にか釦を全て外し終え、本人なりには愛撫のつもりなのだろう、けれどガイからすれば子猫がじゃれているとしか思えないような行為を1人で熱心に繰り返していたルークは、まったくその気になっていないガイ自身を見て、ひどくがっかりした顔をした。その表情は場にそぐわないほど子供じみていて、思わずガイは笑ってしまった。それを見てルークはむっとしたように口を尖らす。


「な、なんだよ、その態度!もうちょっとやる気出せよな!」
「こんな夜更けに夜這いに来て、文句言われてもなぁ」


あやすようにそのふわふわした赤い頭を撫でると、邪険に手を払われる。挑むような真っ直ぐな視線。
たまらなく、愛おしい。


「こういうのはきょーどーさぎょーだってガイが言ったんだろ!」
「はいはい、分かりましたよ、我侭なご主人様」


あやすように言うと、むっとした表情でまた悪態をつこうとしたので、手を伸ばし頭を抱え込むようにして引き寄せると、言葉を飲み込むようにして口づけた。途端に大人しくなって素直に応じてくる。
舌を絡ませ合いながら、空いた手でルークの寝間着を手早く脱がせる。曝された背中を優しく撫でるだけで、その躯が微かに反応するのが分かった。ルークも片手でガイの頭を抱え込むようにして、空いた手をガイの裸の胸元に這わせる。
存分に絡み合った舌を離す頃には、互いに情欲を孕んだ躯が出来上がっていた。


「今日は俺が上だからな」


そう言うと、ルークは返事も待たずに既に熱を持ち始めているガイ自身にそっと掌を這わせた。ガイの肢体がぴくりと反応する。


「きょーどーさぎょーの成果ってやつ?」
「なんだよ、それ」


互いにくすくすと笑いながら、もう一度口付けを交わす。ルークが不器用な手つきで、けれどそれに余計に煽られたガイの躯を昂らせていく。ルークの背に回されたガイの手に、微かに力が篭った。


「なぁ、とりあえず1回いっとく?」


互いの鼻がつくほどの距離で、色を載せたルークの翠眼が覗き込んでくる。覗き込むその瞳は、サイドランプの僅かな光の中でさえ、輝いて見えた。
それに見とれながら、ガイは小さく頭を振った。ルークの方にも余裕がないことは、昂った熱からも分かる。


「いいっ・・・て。とっととやろうぜ、ご主人様」


ガイの言葉に、やはり余裕がないのか「分かった」と呟くと、ルークはすぐにガイの後蕾へと指を差し入れた。慣れたこととはいえ、何回やっても異物感を感じることは否めない。緩慢な指の動きに合わせて浅く呼吸を繰り返していると、突然空いた手で前も触られ、喉の奥で嬌声が上がるのを止められなかった。
前と後ろを微妙に異なったテンポで攻められ、ガイはなす術もなく、ルークの首元にしがみついた。


「なぁ、ガイ、気持ちイイ?」


熱を帯びているくせに、何処か舌足らずの子供のような言葉に、ガイはこくこくと頷いた。


「イイ・・・、から、早くっ・・・・・・・」


ガイの言葉にルークは嬉しそうに無邪気に笑うと、いつの間にか本数を増やしていた指を引き抜くと、ガイの膝を肩に担ぎ上げ、その躯を一気に貫いた。


「・・・・・っ!」


慣らした後とは言え、いきなりの衝撃に、ガイの躯を大きく跳ねた。それを今度はルークがあやすようにしてガイの頭を撫でると、ゆっくりとした動きで律動を開始した。自分勝手で、でも、どこか相手を気遣うような、動き。
動きに合わせて揺れる視界の中、毛の先だけがやや脱色した、けれども見事な赤い髪がゆらゆらと揺れているのが見えた。


揺れながら、上からどこか必死さを孕んだ瞳が自分を見下ろしているのに気付き、ガイは思わず笑い返した。その翠眼はあからさまに安堵の色を浮かべ、また「気持ちイイ?」と聞いてくる。「いいよ」と返すと、また嬉しそうに笑う。


「ガイ、好きだからな」


高められていく中、呟くように言われた言葉に、何も言えず、ガイはただ、流れに身を任せた。








寝付けずに身を捩ると、子供のように幸せそうな寝顔が眼に入り、ガイは思わず笑ってしまった。
何度も互いに達した後、ルークは満足そうな様子で、そのまま寝込んでしまった。今はもう、熱はすっかり冷め、心地よい人肌だけがここにある。
事の後、ルークはいつも寝込んでしまう。夜明け前、メイドが部屋に起こしにくる前にルークを起こし、部屋に戻すのはガイの役目だ。


「いい気なもんだよな、まったく」


そう言って、汗で額に張り付いた髪を丁寧に梳いてやると、むにゃむにゃとまた子供のような寝言を言うので、また笑ってしまい、そして、苦しくなる。
幼くて、甘ったれで、我侭で、でも、愛おしい。
憎むべき、愛おしい、愛おしい、ルーク。


「・・・・・・・・・どうしたもんかな」


大きく溜息を吐くと、ガイは眠れない夜に目を閉じた。







fin.








初ABYSS作品です。いきなりエロ。しかもぬるい。なんか色々すいません・・・。ガイは葛藤でグルグルしているといいと思います。だから小鹿ちゃんは不安になっちゃうんだ。だから変態師匠に騙されちゃうんだ。間違いない。
2007/03/26